去る7月2日のNHKニュースが報じたところによると、国は文書や表計算などいわゆるオフィスソフトウエアの調達について、国際規格に基づいたものを優先する指針 (オープンスタンダードについては本連載第3回を参照) の運用を7月から開始したという。同報道でマイクロソフトの「オフィス」の調達ができなくなるとまで踏み込んでいたのは少々誤解があったようだが、マイクロソフトの該当製品よりオープンソースのオフィスソフトウエアを優先するよう示唆した決定であるようには思う。
オープンソースを推し進めようという動きは産業界だけにとどまらない。このように官や学、とくに日本においては政府によるオープンソースへの取り組みが昨今盛んである。連載最終回の本稿では、そうした政府主導によるオープンソース活動の中からいくつか取り上げて論じたい。
■捲土重来の切り札
IT(情報技術)市場が米国の企業によって寡占されていることは否定しがたい事実である。ITはいまや国家のインフラをなしているのだから、これは国家の生殺与奪を他国に握られているに等しい。
国はその危険を認識し、情報技術における主導権を取り返そうという試みをこれまで何度も繰り返してきた。ところが、そのすべてはことごとく失敗に終わってきた。
そんな悲観的な状況に登場したのがオープンソースソフトウエア(OSS)である。OSSは捲土重来の切り札なのだ。OSSがこれまでと違うのは、その優秀性がすでに世界で認められ、少なくない実績をすでに築いてきている点である。純国産へのこだわりを捨てたところにあった、より現実的な選択肢がOSSだとも言える。
政府は2000年ごろからOSSへの取り組みを加速している。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が00年に開始した「未踏ソフトウェア創造事業」は、民間の個人による創造的・先進的なソフトウエアプロジェクトを公募し、IPAの予算をつけて開発を支援するもので、名称にこそ「オープンソース」と名乗ってはいないながら日本語入力ソフトの「anthy」をはじめ優れたオープンソースプロジェクトがいくつも輩出しており、評価すべき成果をあげている。
IPAはまた、03年からは「オープンソースソフトウェア活用基盤整備事業」なる事業を開始した。こちらは法人からテーマに沿ったオープンソースプロジェクトを公募し、優秀なものの開発を支援している。
そして以上のようなOSSへの取り組みを集約し、06年に開設されたのがIPAの「オープンソースソフトウェア・センター」だった。その活動成果のうち一般にもすぐに役立ちそうなのが、OSSに関する情報を集約したサイト「OSS iPedia」である。
同サイトの「導入事例」では、日本の主要ベンダーによる実際のOSSシステム構築事例を、業種や業務内容、システム構成などの詳細な条件指定により検索することができる。実例・先例を重んじ、新しいチャレンジに二の足を踏みがちな日本の顧客に対し有効な説得材料になるのではないだろうか。それにしてもこれだけ広範な導入例を集められるのは、公共性・中立性をもつ政府機関ならではだろう。
公共性・中立性といえば、同サイトの「性能評価」もその賜物といえる。「性能評価」では、経産省の音頭で組織されIPAが事務局を務める業界団体「日本OSS推進フォーラム」の技術部会による性能評価プロジェクトの結果が整理されている。
性能評価データというとベンダーの手前味噌のようなものも世間には多いが、ここにおけるデータは評価手順までがオープンにされているため、きわめて公正である。評価する側の勧進元が政府機関だからというばかりではなく、このように評価のプロセスまで包み隠さず公開されることが OSSの「オープン」たる所以なのだ。そういう観点からも「OSS iPedia」の提供する情報は興味深いものといえる。
■学校や自治体で実証実験
もうひとつIPAの活動として触れておきたいのが、OSSデスクトップ導入実証実験である。2004年は学校、2005年は自治体を対象に、WindowsパソコンをOSSの「リナックス」 に置き換えるとどこまで実用に堪えるかを実地検証した。
観念論やセールストークでなく、現場でOSSの利点や限界を明らかにするこの試みこそ、政府機関がやる意味のあるプロジェクトではないだろうか。学校現場へのOSS導入は経産省と財団法人コンピュータ教育開発センター (CEC) による「Open School Platform(OSP)」事業へと展開しており、ひきつづき注目したい。
「OSSiPedia」にしろ実証実験にしろ、実働部隊は先にも触れた業界団体「日本OSS推進フォーラム」である。IPAを後ろ盾とし日本を代表するITベンダーが結集する同フォーラムは、「サーバー部会」「デスクトップ部会」「人材育成部会」の分科会にわかれて活動しており、iPediaはサーバー部会の、実証実験はデスクトップ部会のそれぞれ大きな成果である。
■アジアで連携
同フォーラムの活動でさらに注目すべきなのは、「中国OSS推進連盟」「韓国OSS 推進フォーラム」と共同で構成する「北東アジアOSS推進フォーラム」である。
日中韓3国共同によるOSSへの取り組みであり、フェイス・トゥー・フェイスの会議が各国持ち回りで開催されている。ちなみに次回は9月にソウルで行われる。
フォーラムでは技術情報の交換や導入事例の報告、ビジネスモデルに関する議論などを行っているが、国情の違いを乗り越え歩調を合わせることは決して容易ではない。それでも04年の活動開始からこれまでにOSSという共通の価値を通じて3国の技術者たちが理解を深め合って来られたのは確かなことだといえる。
IPA関連の活動の紹介だけでここまでかなりの分量を費してしまったが、OSSに取り組む政府機関は他にもある。
とくに取り上げておきたいのは財団法人国際情報化協力センター(CICC) である。経産省の外郭団体として「発展途上国の情報化を支援する」この組織は、アジア地域におけるIT振興の武器としてOSSを活用している。
アジア各国におけるOSSの価値は、日本とはいろいろな意味で比較にならないほど高い。とりわけ重要なのは著作権の問題で、海賊版ソフトウエアがもたらす利益逸失が国家経済に対する現実的脅威になっているのである。その対策としてのOSSは国家的戦略の中に小さくない比重で位置づけられている。CICCはアジア各国で「アジアOSSシンポジウム」を開催、日本を始めとする参加国間でOSS に関する情報交換を促進している。
06年2月の第8回アジアOSSシンポジウムはインドネシアのバリ島で開催され、OSS普及に対する各国の協調を謳うバリ宣言の採択などが行われた。CICCは他にも、OSSビジネスによる日本へのアジア企業誘致のためのイベントやセミナーなども開催しており、地味ながら有意義な活動を展開中である。
中央のばかりでなく、地方自治体レベルでもOSSへの取り組みがある。代表的なのは長崎県が電子県庁システムをオープンソースとして公開した動きだ。
■OSSがベンダー囲い込みを回避
長崎県は、システムを小さく分割、県自身で詳細仕様を詰めてから業者に発注することで、受注業者の負担を軽くし地元業者の参入ハードルを下げて地元IT産業の活性化を行う「ながさきITモデル」を打ち出している。同モデルの重要なポイントが、オープンソースの活用である。
OSSにすることで特定業者による囲い込み――ソースを非公開にして他の企業には保守できないようにする――を回避する競争原理を導入できた。他にも既存公開技術を活用することによって開発工期を短縮し、システム開発経費の半減を目指している。
また成果物がオープンソースとして公開されることで県内市町村のシステムとしても使用可能になり、市町村の開発経費削減も見込める。このような新機軸が地方から出てくることは、OSSの浸透度を測る尺度としてきわめて興味深い。
市町村レベルの取り組みで有名なのは栃木県二宮町である。前述のデスクトップ実証実験にいちはやく立候補し、実験後もなお職員のデスクトップにOSSの活用を続けるなど、OSSへの積極姿勢にかけては全国でも際立った存在感を示している。単なるコスト削減を超えてOSSへ傾けるその情熱にあらためて敬意を表し、同町がOSSの採用普及について全国自治体のロールモデルになってくれることを期待する。
■結局は民間で盛り上げるべき
ここまで日本の政府機関の OSS に関する活動をいくつか紹介した。しかしあえて避けた本質的議論がある。政府のOSSへの取り組みははたして全面的にいいことか、という点である。
冒頭で触れたような、過去におかしてきた情報通信産業振興の失敗は果たしてきちんと反省されているのか。また、OSSの本場が米国であることは、好むと好まざるとにかかわらず事実であり、米国のOSSコミュニティーは政府組織による関与を「干渉」「介入」ととらえがちで、嫌う。それがコミュニティーの自由で自発的活動に依存するOSSの側面でもある。
「お上」によるリードがアジア的に有効なアプローチなのはCICCの活動においても実証されているが、それはOSSが本来持つダイナミズムと矛盾しないだろうか。政府の取り組みを批判しているのではない。立ち上がり時期では仕方がないかもしれないが、やはり政府の支援を必要としないくらいに民間の努力でOSSを盛り上げていくべきではないか。自戒をこめてそう考えている。(終)
※参考サイト
IPA: http://www.ipa.go.jp/
未踏ソフトウェア創造事業: http://www.ipa.go.jp/jinzai/esp/
オープンソースソフトウェア・センター: http://www.ipa.go.jp/software/open/ossc/
OSS iPedia: http://ossipedia.ipa.go.jp/
日本 OSS 推進フォーラム: http://www.ipa.go.jp/software/open/forum/
CICC: http://www.cicc.or.jp/japanese/
長崎県電子県庁システム オープンソース: http://osvfn.com/
[2007年7月9日]
国・自治体で進むOSS普及活動の本質・オープンソース超入門(5)
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